先日、こんな記事が話題になりました。
「ストック素材の透かしをフォトショでひたすら消していた」 アドビ公開のヤクルト事例記事が物議 修正へ(ITmedia NEWS 2025/6/4)
Adobeの法人向けサービスの紹介記事で、とある企業が”ラフ作成時に使用するストック素材の透かしをひたすら消していた”ことが語られており、それに関してSNSでいろいろ物議を醸していました。
この”透かし消去利用”についてはおおむね否定的な意見が多くみられましたが、これは法的には問題はあるのかについて考えてみます。
そもそも透かしとは?
写真やイラストの素材を販売しているサービスでは、写真やイラストを購入する前でも見本として利用できる、いわゆる”カンプ”データを提供している場合があります。
このカンプは、多くの場合、データのサイズや質を落とすことにより正式版ではない状態にされておりますが、それに加えて、写真やイラストの上に半透明の白い文字や模様でサービス名などが重ねられている場合も多く、これがいわゆる”透かし”です。
利用場所や目的などにも依りますが、この透かしがあることにより元の写真やイラストがわかりづらくなる場合もあり、邪魔なので透かしを消去したいと考えるのは自然だと思います。
私もウェブデザインを請け負っており、ストックフォトのカンプを利用する場合も多くありますが、透かしにより見づらいと思ったことは多々あります。
著作権法の権利制限規定を適用できる
では、この透かしを消去する行為は、法的にはOKなのでしょうか。
実は、著作権法(以下「法」)では権利者の許可無く著作物を利用することができる「権利制限規定」がいくつか定められていますが、その中の1つに、「検討の過程における利用」というものがあります。
(検討の過程における利用)
第三十条の三 著作権者の許諾を得て、又は第六十七条第一項、第六十八条第一項若しくは第六十九条の規定による裁定を受けて著作物を利用しようとする者は、これらの利用についての検討の過程(当該許諾を得、又は当該裁定を受ける過程を含む。)における利用に供することを目的とする場合には、その必要と認められる限度において、いずれの方法によるかを問わず、当該著作物を利用することができる。ただし、当該著作物の種類及び用途並びに当該利用の態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合は、この限りでない。
これは、権利者からの利用許可を得たり、裁定によって利用する予定の著作物について、検討をする過程においてその著作物を利用することができるという規定です。
平成24年改正により追加された比較的新しいものです。
この規定により、写真やイラストなど有料のストック素材を利用する場合であっても、例えばどの写真をどの場所にどの大きさで配置するのかだったり、AのイラストとBのイラストのどちらが適しているかといった検討をするために必要であれば、写真やイラストの著作権者から許諾を得なくても利用することができるのです。
検討段階であれば利用できますので、検討の結果実際には利用されなかった著作物でも、この規定の適用が否定されるものではありません。
また、この”利用”の方法についても「いずれの方法によるかを問わず」と明示されているとおり、複製だけでなく改変することも可能ですので、これにより透かしを消去するという改変行為であっても、この法30条の3の適用により、問題なく実施することができます。
ただし、「その必要と認められる限度において」という制限があるほか、「著作権者の利益を不当に害することとなる場合」は適用できません。
そのため、例えば検討のために作成される企画書の部数が必要以上に多数だったり、ウェブサイトやSNSで「このキャラクターの商品化案を募集します!」といった告知のために利用する行為は、そのキャラクターを商品化する担当者以外の者にも広く頒布することになるため、「必要と認められる限度」を超えていると考えられます。(加戸守行『著作権法逐条講義 (七訂新版)』著作権情報センター, 2021年, 277頁より)
同一性保持権の侵害にもあたらない
このように、透かしの消去という行為が権利制限規定によって翻案権(法27条)を侵害するものではないと考えることができますが、では著作者人格権の1つである「同一性保持権」(法20条)についてはどうでしょうか。
先述の法30条の3という規定により翻案(改変)を行うことができますが、法50条で「この款の規定(※権利制限規定のこと)は、著作者人格権に影響を及ぼすものと解釈してはならない。」と定められているとおり、権利制限規定の適用と著作者人格権侵害の有無は別問題です。
しかし、実際には、権利制限規定により翻案が認められている利用については、多くの場合「やむを得ない改変」(法20条2項4号)であるとして同一性保持権の侵害ではないと考えられます。
その根拠の一例として、「血液型と性格要約引用事件」(東京地判H10.10.30)における判断があります。
この事件は、被告が出版した書籍の中に、原告が出版した書籍の内容の一部が要約されて引用されていたことに対して、著作権や著作者人格権の侵害が争われたものです。
これに対し、裁判所は、「43条(注:現在の47条の6)の適用により他人の著作物を翻訳、編曲、変形、翻案して利用することが認められる場合には、他人の著作物を改変して利用することは当然の前提とされているものであるから(略)同法20条2項4号所定の『やむを得ないと認められる改変』として同一性保持権を侵害することにはならないものと解するのが相当である」と判断し、同一性保持権の侵害を否定しています。(※参考・引用元:中山信弘, 大渕哲也, 小泉直樹, 田村善之編著『著作権判例百選第4版』有斐閣, 2009年, 134-135頁。ただし太字は筆者によるもの。)
よって、法30条の3が改変利用を認めている以上、同様の判断で同一性保持権の侵害にはあたらないと考えられます。
契約(規約)上の問題
このように、法的には透かし消去は基本的に問題ない行為だといえます。
ただ、気をつけなければならないのが、各ストックサービスの運営者が定める利用規約です。
利用規約に同意した上でストックサービスを利用している以上、その利用規約の内容が利用者とストックサービス運営者との間の契約内容となり、その内容に拘束されます。
そして、利用規約によっては、透かしの消去が禁止されているものもあり、この場合は透かしの消去は規約違反となり規約上の罰則を受ける可能性があります。
※以下の内容や利用規約文章については、2025年6月6日時点のものです。利用の際は必ず最新の規約を確認してください。
今回話題となったサービスの元であるAdobe社のストックサービス「Adobe Stock」では、カンプの翻案が可能であることが明示されていますので、透かしを消して利用することは可能です(※ただしあくまでプレビュー目的に限って認められているものであり、最終製品に利用することはできません)。
5.2 お客様は、Stock アセット をダウンロードした日から 90 日以内であれば、最終製品またはオーディオプロジェクトにおける Stock アセット の表示や音声をプレビューする目的に限り、Stock アセット の「カンプ」(コンポジットまたはプレビュー)バージョンを使用、複製、修正、翻案、または表示することができます。明確にするため付言すると、カンプライセンスに基づく場合には、お客様は、Stock アセット を最終製品や本オーディオプロジェクトで使用することや、いかなる方法でも Stock アセット を一般に公開することは許可されません。
(「Adobe Stock 追加条件」5.2より)
ACワークス社が提供する「イラストAC」「写真AC」などや、「ペイレスイメージズ」「Snapmart」では、透かしが入った状態の素材の利用は禁止されていますが、透かしの消去について明示されている規定は見当たりません。
対して、「PIXTA」では、透かしの削除は認められていません。
本サービスにおいて提供するカンプデータは、透かしの有無を問わず、レイアウトや構成の確認等コンテンツの使用に先立つ準備を目的にのみ使用できます。カンプデータに埋め込まれた透かしは、当社の承諾なく削除することはできません。また、カンプデータをコンテンツの使用に先立つ準備という目的を超えて使用した場合、利用規約違反及び著作権侵害となり、使用の差止め、違約金又は損害賠償請求等の対象となります。
(「PIXTA利用規約」1条4項より)
「Shutterstock」でも同様に動画や音楽については透かしの消去や変更を禁止しています。
動画カンプライセンスとは、ウォーターマーク付きの低解像度動画を、テスト用、サンプル用、カンプ用またはラフカット評価用素材の中でカンプ(「カンプ動画」)として使用する権利をユーザーに付与するものです。動画カンプライセンスでは、当該動画を一般に公開または配信したり、完成作品に組み込んだりすることは禁止されています。カンプ動画の編集は許可されていますが、Shutterstockのウォーターマークの削除や変更は禁止されています。(略)
(「Shutterstock使用許諾契約書」1.1.b.ivより)
このように、サービスによって透かし消去に関する規定が異なりますので、利用する際はサービスごとの規約(ルール)をしっかり確認することが重要です。
透かしは残した方がメリットがある場合も
今回の話題となった記事では、「カンプ画像から透かしを消去してそのまま使ってしまうのでは?」といった懸念を感じた人が多かったため、ちょっとした話題になったのかもしれません。
修正後の記事にあるとおり、採用決定後はカンプではない本番画像を正規に購入して利用しているのだと思います。記事の会社以外でも、透かしの入ったカンプ画像を利用している企業やデザイナーの多くが、同様に最終的には正規購入して差し替えていると思います。
しかし、透かしを消した画像と、本番画像とで顕著な差異がみられない場合、その画像を見ただけでは本番画像に差し替わっているのかが確認できないため、本番画像の購入を忘れてしまうというリスクがあり、意図しない形で規約違反といった事故を発生させてしまうかもしれません。
その点で、元記事は少し配慮が足りなかったのかもしれません
透かしの消去をする場合はしっかりとサービスの利用規約を確認し、そして採用決定した素材はしっかりと正規購入することが大切です。
そのためにも、多少の見栄えの悪さには目をつむり、確認の障害となる場所のみ透かしを削除するなどして、カンプ画像と本番画像の違いが明確になっていたほうが、事故発生リスクも低減するのではと思います。
なお、透かしの入った画像の利用に関して、別の観点からの記事も書いていますのでご参照ください。