この原稿を書いている2020年11月現在、劇場版『鬼滅の刃』が大ヒット上映中で、至る所で話題になっています。
そんななかで、国会での質疑の中でこの鬼滅の刃の中のセリフ(台詞)が使われたというニュースがあり、それに関して著作権の観点からの記事も出ていました。
「鬼滅の刃」便乗の菅首相、辻元氏にファン激怒 (Yahoo!ニュース 2020年11月5日。以下「記事1」といいます。)
「鬼滅の刃」羽織の柄を商標出願 そもそも、伝統柄でも登録できる? (Yahoo!ニュース 2020年11月9日。以下「記事2」といいます。)
アニメ中のせりふを無断で利用したら著作権侵害になるのか、考えてみたいと思います。
問題となったせりふは
記事1を読みますと、衆院予算委員会で首相が
「『全集中の呼吸』で答弁させていただく」
と答え、それに対して質問した議員が
「全ての決定権は私にあり、私の言うことは絶対である」
というせりふを持ち出した、とあります。
ここで断っておきますが、筆者はこのアニメ・マンガを見たことがなく、これらが実際に登場したセリフなのかまでは存じませんが、わざわざ記事になったということは、実際に登場するセリフであると思いますし、前者のほうはテレビなどで聞いた覚えもあります。
このセリフを聞いただけでアニメを特定できるということは、アニメにおける特徴的、代表的なセリフであることがうかがい知れます。
著作物ではない可能性大
しかし、アニメにおける特徴的なセリフであったとしても、先述の各セリフは著作物には該当しないと考えられます。
著作権法(以下「法」といいます。)では著作権で保護される著作物は「思想又は感情を創作的に表現したもの(以下略)」(法2条1項1号)と定義されていますが、ありふれた文章や極めて短い文章は創作的であるとはいえないとして、一般的には著作物には該当しません。
これは、ありふれた文章や短い文章では表現の選択の幅が狭く、誰が書いても同じような表現とならざるを得ないこと、そして仮に著作権で保護した場合にはその著作者に独占権を認めることになってしまい、他の創作者の選択の可能性を著しく狭め、さらに表現の自由をも奪うことになり、結果的に文化の発展を阻害する要因となりかねないためです。(中山信弘『著作権法(第3版)』(有斐閣、2020年) 80-82頁)
1つ目の「全集中の呼吸」は短い文章ですし、「全集中」も「呼吸」も特段珍しい表現でもなく、それを「の」で結合しても同様です。
また、「完全に集中した状態での呼吸」というアイデアを表現するためには、これ以外の表現(選択)がほぼ無いため、創作性が否定される「アイデアと表現の一致」(小倉秀夫/金井重彦『著作権法コンメンタールⅠ』(第一法規、2020年)41頁)であるとも言えます。
2つ目のセリフについても、日常会話で登場しても違和感のない、いわばありふれた表現であると考えられます。
少なくとも、著作者の死後70年間も独占権を認めなければならないほどの「文化的所産というに足る創作性」を有しているとまでは言えないと思います。
よって、これらのセリフを利用したとしても、そもそも著作物であるとは考えにくいため、著作権侵害となるおそれはない、と考えられます。
なお、この記事で取り上げた2つのセリフが著作物ではないとされるだけで、後述しますがセリフによっては著作物である可能性もありますし、アニメやマンガ全体は著作物であるほか、複数のセリフがまとまった状態は著作物である可能性が高くなりますのでご注意ください。
(一般的に、長くなればなるほど著作物である可能性は高くなるといえます。)
政治利用だからOK?
このように、そもそも話題になったセリフは著作物ではないため、国会の答弁で利用しても、ツイートしても、それが著作権侵害となる可能性はかなり低いです。
しかし、先述の記事2を読むと、
鬼滅の刃のせりふが著作物と認定されていれば、著作権侵害となる可能性もありますが、今回のケースは著作権法40条の『政治上の演説などの利用』(演説などで著作物の利用が認められる権利)に当たるため、問題ないでしょう
「鬼滅の刃」羽織の柄を商標出願 そもそも、伝統柄でも登録できる? (Yahoo!ニュース 2020年11月9日より引用)
と書かれており、”著作物と認定されていれば”という限定の上で、法40条により合法である、と解説されています。
ただ、個々のセリフが著作物と認められるケース自体が少ないですので、このような限定を付すこと自体に疑問がありますし、仮にセリフが著作物であったとしても、国会答弁等で利用した今回のケースが法40条により問題ないと言えるかというと、そんなことはありません。
実は、この法40条は、公開して行われた政治上の演説又は陳述を第三者が利用可能にするための権利制限規定であって、演説中に他人の著作物を無断利用して良いというものではありません。
政治的演説”に”利用できる、のではなく、政治的演説”を”利用できる、という規定ですね。
よって、仮に答弁中に話したセリフが著作物であった場合、引用(法32条)の要件を満たさない場合は著作権侵害となるおそれがありますが、今回のケースは、法40条により問題ないのではなく、そもそも著作物ではないため問題ない、という結論になります。
これは著作物かも??
余談ですが、基本的にマンガ中のセリフが著作物であると認められるケースは少ない中で、筆者が思う”これは著作物と言えるかも?”というセリフをご紹介します。
「ブラック・ジャック」に登場する女の子・ピノコが時々言うせりふ「アッチョンブリケ」です。
下のコマのように驚いたときに使うことが多いようですが、上のコマのように澄ました顔でも発することもある、日常会話には出てこない独特で強烈な印象を持つ言葉ですね。
極めて短い文章(もはや文章とも言えない短さですが)ではありますが、でも極めて独創的であり「文化的所産というに足る創作性」を有していると筆者は考えています。
もちろんこれは筆者の考えですので、絶対的に著作物であるとまでは断言できませんが、みなさんはどのように感じられたでしょうか。