大ヒットしたドラマの主題歌として、こちらも大ヒットした、星野源さんの「恋」。
ドラマのエンディングで出演者たちのダンスが話題となり、その”恋ダンス”を真似して踊った動画がYouTubeに多数アップされていますが、それらの動画に対し、星野さんが所属するレコード会社(ビクターエンタテインメント。以下「ビクター」と表記します)が削除を要請したことがいろいろと物議を醸し出しています。
ニュース:ネットの「恋ダンス」動画削除を…ビクター要請 (読売新聞)
このニュースについて、基本的な前提条件からこの行為の是非を考えてみます。
「著作隣接権」に基づく正当な請求
この問題を考えるに当たって、まず知っておかなければならないのが、ビクターの要請自体は著作権法に従った正当な権利行使であるということです。
ビクターが有する権利は、著作権の中でも「レコード製作者」が有する「著作隣接権」となります。
星野さんが作詞作曲した「恋」という曲に対し、歌はもちろん、ギターやベース、ドラムなどの楽器を演奏し録音したものを調整(トラックダウン、マスタリング)して、あのおなじみの音源(一般的に「原盤」と呼ばれます)を制作したのがビクターであるため、著作権法(第2条1項6号、第8条)により、ビクターが「レコード製作者」となり、同時にレコード製作者としての著作隣接権を持つことになります。
そして、その権利には「複製権」(法96条)と「送信可能化権」(法96条の2)が含まれるため、踊るために流した音楽を動画撮影(複製)し、それをYouTubeなどにアップ(送信可能化)するためには、権利者であるビクターの許諾が必要であることが原則となります。
つまり、この許諾なしに複製や送信可能化することは、著作権侵害のおそれがあるということになります。
なお、著作権というとすぐにJASRACのことを考えるかもしれませんが、今回の件ではJASRACはまったく関係ありません。JASRACが管理しているのは、歌詞と曲(メロディー)に関する著作権であり、音源(原盤)に関する権利は取り扱っていないことはご注意下さい。
JASRACとYouTubeは、JASRAC管理楽曲の利用について包括契約を結んでいます。星野さんはJASRACへの信託者であるため(音楽出版社の(株)日音も含めて)「恋」の著作権をJASRACに信託譲渡していますので、JASRACの管理楽曲である「恋」の歌詞とメロディーをYouTubeにアップすること(例えば弾き語りなど)は問題ありません。
※JASRACと包括契約を締結している事業者はこちらから確認できます
利用許諾契約を締結しているUGCサービスの一覧(JASRACウェブサイト)
なお、NexToneが包括契約しているサービスは公開されておらず、別途問い合わせる必要があります。(ただし下記FAQにてYouTubeとは利用許諾契約を締結している旨が示されています)
参考:「YouTubeなどの投稿型の動画配信サービスにNexTone管理作品を利用した動画を投稿する場合の利用申請方法や使用料は?」(NexTone FAQ)
もともと期間限定で許諾していた
もう1点重要なのが、この削除要請は突然行われたわけではなく、事前に想定されていたという事です。
先述の通り、恋ダンスをアップするためにはビクターの許諾が必要となるのですが、ドラマ放送中は多数の問い合わせがあったことにより、ビクターは、いくつかの条件を守ればアップしても良い、つまり「条件付きで許諾」することにしました。
その条件とは、次のようなものでした。(所属レーベル「スピードスターレコーズ」のニュースページから引用)
すでに多くの皆様が“恋ダンス”を楽しんでいらっしゃる現状を考慮のうえ、
CDや配信で購入いただいた音源を使用し、ドラマエンディングと同様の90秒程度の“恋ダンス”動画を
ドラマ放送期間中にYouTubeに公開することに対し、弊社から動画削除の手続きをすることはございません。
このように、ハッキリと「ドラマ放送期間中に」と明示されています。
ドラマ自体は昨年(2016年)12月で放送終了していますので、当初の予定よりも許諾期間を8ヶ月間ほど延長してくれていたことになります。
なぜ削除要請に至ったのか?
このように、ビクターによる動画削除要請は、利用許諾していた期間が経過したため、著作権法に従って正当に権利行使したものだと言えます。
しかし、今まで公開されていたものが削除されるとなると、納得がいかない方がいるのは容易に想像できます。
特に、頑張って振り付けを覚えて、踊って、そして実際にYouTubeに投稿していた方にとっては「なんで?」と思うかもしれません。
正直なところ、ビクターがなぜ削除要請という結論に至ったのかはわかりません。
CDや配信の売上に影響があると判断したのか?
許諾時に「ドラマ放送期間中に」と限定していたため、売上に影響無くても削除せざるを得ないと考えたのか?
近年ではフルサイズのミュージックビデオをYouTubeなどで公開するケースも少なくありません。
CDなどを購入しなくても、無料でいつでも好きなだけその楽曲を聴くことができるわけですが、それがマイナスに働くのではなく、むしろ逆に有効なプロモーションとなることは十分期待できます。
仮に売上が下がるようであれば、Content IDシステムを利用して、恋ダンス動画に広告を表示させて収益を得るという方法も考えられるのかもしれません。
本来の許諾期間を超えてもすぐに削除要請をしなかったのは、その対応について検討を重ねていたのかもしれません。
ミクとは少し違う
なお、このニュースに対して「初音ミク」のようにすべきというような意見も見られました。
キャラクターを利用した創作には、本来は権利者の許諾が必要となりますが、権利をオープンにして(原則的に)許諾したことで大きく広まり、愛されて、今年10周年を迎えた有名キャラクターですが、権利のオープン化で成功した代表例であると言えます。
ミクの場合は、このキャラクター自体を販売していたのではなく、あくまで音声合成ソフトウェアのキャラクターであるため、ミクが広まること、および二次創作が生まれることで、ソフトウェアにとっては有効なプロモーションとなり販売数の増加に大きく貢献することが考えられるだけでなく(実際、音楽制作をしない方でもこのソフトを購入したり、あるいは購入したことにより音楽制作を始めたという方も少なくないようです)、販売元にとっても大きなデメリットはほぼ考えられません。
それに対し、「恋」の音源は、多くの人が恋ダンス動画に含めてアップすることで、いつでも聴けるからCDを買わなくてもいいと考える人が多数出てくるかもしれませんし、CDや配信音源という”商品”のコピーが無制限に出回っている状況と同じですので、そのコントロールが難しくなるかもしれません。そうなった場合、売上への影響はゼロではないと考えられます。
この点がミクとは大きく異なりますので、ミクの例をそのまま当てはめるのは難しいのではないでしょうか。
オープンにするかクローズにするか
ミクは権利をオープンにして広く利用許諾したことで大成功しましたし、他にも同様の事例は多数存在するかと思いますが、しかし必ずしも権利者のメリットが大きいとは限りません。
今回の「恋」については、星野さんの公式チャンネルで”正規版”が配信されていますので、それ以外の”非正規版”は排除の方向で動く、というのも十分納得できる対応だとは思います。
また、仮に「恋ダンス動画は削除しない」とした場合に、今後同様にヒットした音源についても許諾を迫られることも考えられ、これでは法的に保護されている「レコード製作者としての権利」が脅かされることも懸念されます。
権利をオープンにして利用を促進するのか、あるいはクローズにして法的利益を守るのか。
非常に難しい選択であると思いますが、「期間限定許諾」というのは折衷案としてアリなのかな、と筆者は考えています。