クリエイター向け【著作者人格権の保護】について考える

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著作権に関するトラブルや相談において最も多いのは、いわゆるパクリや転載などの複製権や翻案権侵害に関するものであり、一般的に財産権としての著作権(以下、単に著作権と書いた場合は財産権としての著作権を指します)については、作る側も利用する側も、それなりに留意していると思います。

その一方で、著作者にとっては著作権と並んで重要な権利である「著作者人格権」については、あまり話題になることもなく、おそらく知らない方も多いのではないでしょうか。

そこで、特に著作者であるクリエイターにとって武器となるよう、改めて著作者人格権とは何なのかを考えてみたいと思います。

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そもそも著作者人格権とは?

著作権法(以下「法」と言います)18条から20条で定められている、「公表権」「氏名表示権」「同一性保持権」のことを言います。

具体的には以前の記事を参照いただきたいのですが、簡単に言うと次の通りです。

  • 公表権:著作物を公表する、しないを決める権利
  • 氏名表示権:公表の際に氏名(実名でもペンネームでもどちらでも可)を表示する、しないを決める権利
  • 同一性保持権:著作物に対して意に反する改変などを受けない権利

著作権とは異なる大きな特徴は、著作者人格権は譲渡、相続できない(法59条)という点です。
つまり、例外無く必ず著作者がこの著作者人格権を持っていますし、また著作者が死亡するまでこの権利は消えません。
著作者はいつでも上記の3つの権利を主張できることが原則です。

権利不行使に同意させられている

しかし、実際には、著作者人格権の行使が制限されている場合が多いと考えられます。

例えば、企業などクライアントからの依頼によってイラストや音楽、文章などを作成する場合、事前に取り交わす契約書には「乙(クリエイター)は納品物に対して著作者人格権を行使しない」というような規定が入っていることが多いです。
業務委託契約書のテンプレートでは定番の文言で、「著作者人格権の不行使特約」などと呼ばれます。

また、企業や団体などが開催する写真コンテストなどにおいても、応募要項に同様の文言が入っている場合が少なくありません。

これらの例の場合、すべての著作権の譲渡とセットになっていることが多いようです。

このように、契約書にサインしたり、応募要項に同意して応募したりしているわけですから、著作者であるクリエイターはクライアントやコンテスト主催者に対して著作者人格権を行使できない状態になっています。

不行使特約の役割

法律上譲渡できないと定められており、しかもその規定は契約によって上書きできない(このような規定を「強行法規」と言います)ものであるにも関わらず、実際には“権利不行使の約束”という形で大きく制限されてしまっています。

もちろん、民法の「契約自由の原則」によって、契約の当事者双方が合意しているのであれば、このような契約や応募要項も原則的には有効となります。

クライアントや主催者にとっては、自身がお金をかけて依頼したり募集したりした作品(著作物)ですから、自由に利用できるようにしておきたいと考えるのはある意味当然で、十分理解できます。

改変できる権利である翻案権(法27条)を譲り受けても、著作者に同一性保持権が残ることで、ちょっとした改変のたびに著作者に確認することも手間ですし、もし許諾が得られなければ面倒なことになります。

そのため、自由に使えるようにするために著作権は譲り受ける契約にしたとしても、先述の通り著作者人格権は譲渡できませんし、契約書に書いても無効ですので、それならば権利を行使しないでという形の契約にすることが一般的になっているのだと考えられます。

クリエイター自身の評判に直結するおそれも

3つある著作者人格権の中でも、クリエイターとして特に重視したいのが同一性保持権です。

同一性保持権は、著作者の意に反する改変、つまり望まない形での改変を禁止できる権利ですが、仮に翻案権を譲渡しているのであれば、譲渡先(クライアントなど)によって改変が行われる可能性があることは十分予想できますので、少しくらいの改変であれば同一性保持権の侵害には該当しないと考えられています。

やむを得ない改変なども同一性保持権の侵害にはならないとされています(法20条2項4号)。

しかし、本質的な部分を変更する場合、例えばハッピーエンドの物語を残忍な結末に変えたり、緻密に描き込まれた人物イラストの表情が簡素なものに変えられたりした場合はどうでしょうか。

普段は幸せな物語ばかりを書いている作家なのに、残忍な結末となる物語がこの作家名義で公表されたり、雑な顔描写となっているイラストがこのイラストレーター名義で公開されてしまうと、この作家やイラストレーターの仕事として捉えられることによって評価の低下につながるおそれがあります。
クライアントとの力関係によっては、自身が創作したものではないことを弁明する機会を設けることすら困難かもしれませんので、一度ついてしまった悪評は簡単には覆せません。

著作者人格権の行使が一律に制限されることによって、このようなリスクが生じていることは重要なポイントかもしれません。

評価低下にはならないまでも、著作物の本質を変えることは同一性保持権の侵害であると認められることはあります。

単身赴任を命じられた夫に同行したい専業主婦がそれを会社から認められないため、同行できる道を切り開こうとしていたが、これがきっかけで就業することになり働く女性として自立しようとすることで生まれた夫婦の亀裂によって離婚するという内容のルポタージュをテレビドラマ化する際に、夫の単身赴任に同行することは妻としてあるべき姿ではないと謝罪し、夫の留守宅を守ることが喜びであるといった内容に改変されたこと対して、同一性保持権の侵害と、名誉又は声望を害する方法による利用であるとして、慰謝料や謝罪広告の掲載を命じた裁判例があります。(「目覚め事件」東京地判平成5年8月30日)

バランスを意識した契約を目指す

このように、著作者人格権の行使については、行使させたくないクライアント側と、行使できたほうが良いクリエイター側とで大きな隔たりがあります。

その隔たりについて、一方的にクライアント側に有利となるよう一律に権利行使を制限するのではなく、クライアント側がある程度自由に改変などができるようにしておきながら、クリエイター自身にとってどうしても譲れない改変や氏名表示などについて権利行使できる内容の契約にする、という折衷案が考えられます。

クライアントとの交渉によってこのような契約が締結できるようになれば、クリエイター自身の保護に繋がって、自身だけでなく他のクリエイター達の立場向上にも貢献できるものではないでしょうか。

クリエイターに対して発注する側の人たちも、一律に権利制限するだけではなく、クリエイターの権利も尊重するようぜひともお願いしたいところです。

名誉又は声望を害する利用は禁止できるのか

なお、法113条11項により、名誉又は声望を害する方法による利用は著作者人格権の侵害とみなすと規定されています。

このみなし侵害については過去の記事もご参照ください。
なお、この113条11項は、著作権法の改正により何度も項番号が変わっているため、過去の裁判例や記事を参照する際は要注意です。
施行当時(昭和46年1月1日) 2項
昭和61年1月1日~ 3項
平成11年10月1日~ 5項
平成17年1月1日~ 6項
平成31年1月1日~ 7項
令和2年10月1日~ 10項
令和3年1月1日~ 11項

これは改変などを行わなくても、名誉又は声望を害する方法であれば利用すること自体が侵害とみなされるということです。

名誉又は声望とは、「著作者がその品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的な評価、すなわち社会的声望名誉を指すもの」(最判昭和61年5月30日)
と判断されますので、著作者自身の主観による不快感などではなく、客観的なものとなります。

これは他人の名誉などを侵害した場合の賠償責任(民法710条)と同様の保護を与えるものであるとする学説が多いのですが、他方でこの113条11項も著作者人格権であるとして不行使特約の範囲内とする考えもあります。

実際のところ、自身の名誉や声望が傷つけられるような使い方をされた場合は、たとえ著作者人格権の不行使特約があったとしても、契約上他の制限が無ければ、この113条11項を根拠とするのではなく、民法の規定による損害賠償請求は可能であると考えられます。

不行使特約が無い状況であれば、堂々とこの”名誉又は声望を害する方法による利用に基づく著作者人格権侵害”を主張できると考えられます。

※2021/11/04記事更新:法改正にあわせ113条7項を113条11項に変更、項番号変更履歴を追記

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