ビジネスでもプライベートでも、様々なDM(ダイレクトメール)やチラシ(ここでは総称して「チラシ」と呼ぶことにします。)を目にすることがあると思います。
そのチラシでは、店舗や商品の魅力をアピールしたり、特売の告知などを行うと思いますが、チラシを作成する側としては、毎回そのデザインに頭を悩ませているかと思いますし、仮に自身が作成したデザインに類似するチラシを見つけたら「あれっ?」と思うかもしれません。
このチラシのデザインについて、とある2つのチラシが似ているということで裁判になった事例があります。
その裁判において裁判所が示したことを中心に、チラシのような広告宣伝のために制作されるデザインの著作権について考えてみたいと思います。
(以下、大阪地判平成31年1月24日判決文を基に執筆しています。)
チラシデザインの酷似で争い
今回の裁判の当事者は、両者ともコンタクトレンズを販売する事業を行っていて、下記のように被告店舗の運営を原告に委託していたり、原告の代表取締役が被告の取締役だった時期があるなど接点があるのですが、その背景はちょっと複雑であるため当記事では詳細は割愛します。
※チラシの著作権侵害だけでなく他にも争点がありました
概要としては、被告が開設したコンタクトレンズ販売店(旧店舗)の運営を原告に委託していましたが、その委託契約の終了後に、旧店舗と同じ場所で被告が開店した新店舗があり、その新店舗が作成したチラシと旧店舗が以前作成したもの(原告が運営していましたので、チラシのデザインは原告の従業員が制作して別会社に発注することで作成されています)が酷似しているということで、原告が提訴したものとなります。
こちらが、原告(旧店舗用)と被告(新店舗用)の実際のチラシです。
(※赤い枠のデザインが原告著作物、青い枠のデザインが被告DMです。大阪地判平成31年1月24日別紙1より引用)
類似点は多い
実際のチラシを見ればわかるとおり、パッと見た印象では、かなり類似している印象は受けるかと思います。
見出しも、比較表も、「検査時間」「受信代金」にバツをつける表現も、「検査なしでスグ買える!!」というコピーも、まったく同一に見えます。
また、先程概要として記したとおり、原告と被告は互いに知っている関係であり、旧店舗はそもそも被告の店舗であるわけですから、原告が作成した旧店舗のチラシを被告は当然知っているかと思います。
類似する著作物同士が著作権侵害となるのか否かは、「既存の著作物に依拠(依拠性)」しており「本質的な特徴を感得(類似性)」できるかという2点を中心に判断されますが、被告が原告のチラシを知っていたとなれば、依拠性は容易に立証できるかと思います。
また、実際の2つのチラシデザインを見てわかるとおり、具体的にどこが本質的な特徴なのかはともかく、かなりの類似性を有していると考えることはできそうです。
つまり、依拠性と類似性の蓋然性が高く、著作権侵害である可能性が濃厚なのでは?という印象を受けます。
著作権・著作者人格権侵害は否定される
しかし、裁判では原告が主張していた著作権と著作者人格権の侵害が認められませんでした。
それはなぜでしょうか。
原告のチラシには創作性が認められず、つまり原告のチラシは著作物ではないと 判断されたためです。
著作物ではないということは、そもそも著作権法で保護されないことになりますので、著作権侵害も認められないことになります。
ありふれた表現には創作性がない
著作権法では、著作物は「思想又は感情を創作的に表現したもの」と定義しています。
裁判所は、原告のチラシを構成する文言や表現などについて、そのすべてがありふれているものであり、創作性がないと判断しています。
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「検査時間」「受診代金」の表現について、不要となるものの文字(単語)の上にバツ印をつけることはありふれた表現であること。
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マトリックス形式の比較表についても、チラシである以上記載スペースが限られることから表現の選択の幅は広くなく、またマトリックス形式でまとめるということもありふれた手法であり、記載している比較項目も店舗のビジネスモデルから自ずと導き出されるものばかりであること。
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「なぜ検査なしで購入できるの?」という箇所の説明文章についても、ビジネスモデルの客観的な背景や方針をそのまま文章で記載したものにすぎず、文章表現自体に特段の工夫があるとはいえないこと。
このような判断により、各表現には創作性が認められず、また各表現の組み合わせ自体にも創作性は認められないことから、チラシの創作性が認められず、結果として著作物ではないという判断になっています。
著作物であるか否かは「アルファでありオメガでもある」(加戸守行『著作権法逐条講義 六訂新版』p.21より)とされている通り、著作権について考えるうえで基本中の基本であるため、著作物ではない以上、侵害であるか否か、著作権は誰に帰属するのかといった点を判断する必要もなく、被告による原告の著作権侵害は成立せず、著作権侵害侵害の不法行為に基づく損害賠償請求にも理由がない、と判断されました。
広告デザインの著作権は認められにくいのか
上記裁判所の判断から考えると、広告のためのデザインの多くが該当し、凝ったグラフィックデザインでも取り入れていない限り、一般的なチラシやDMといった広告デザインは著作物とは認められない可能性が高いように感じられます。
過去にも、商品の販促デザインの著作物性が否定された事件(大阪地判平成24年1月12日。概要は下記)がありましたし、広告のキャッチコピーの著作物性が否定された事件については以前記事を書いています。
そのため、仮に自社のチラシデザインを模倣したチラシを他社が作成したような場合において、著作権侵害を理由として差止めや損害賠償などを請求することが難しい場合は少なくないようです。