著作者人格権の不行使特約について考える

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企業などがクリエイターに対して創作を依頼する場合に交わされる契約書で、「著作権を譲渡」する場合にセットで規定されることも多い「著作者人格権の不行使特約」。
例えば「乙(受託者)は、甲(委託者)に対して、著作者人格権を行使しない。」というような契約条文です。

著作者人格権(公表権、氏名表示権、同一性保持権)は他人に譲渡も相続もできない、著作者だけが有する権利ですので、すべての著作権を譲渡したとしても、著作者に残り続ける、とても重要な権利です(著作権法(以下「法」)59条)。

特に、同一性保持権については「著作者の意に反する改変」を禁止することができるため、委託側としては、改変する権利(法27条)を譲受したとしても、受託側のクリエイターからの同一性保持権の行使によってその改変物の利用が不可能となることを回避するため、同一性保持権を含む著作者人格権全般の行使を抑えておきたいという考えもあるようです。

さて、この著作者人格権の不行使特約については、SNSを見ていると「法的に無効だ」「裁判では有効だと認められていない」といった意見を目にします

他にも「裁判例がない」という意見もありますが、確かに最高裁で確定した判例はありませんが、ただこの特約について争われた裁判自体は存在します。

そこで、著作者人格権の不行使特約について、その有効性について、過去の裁判例から考えてみたいと思います。
なお、この記事では、特約の有効・無効を断定するものではないことは予めご理解ください

有効性についての考え方

そもそもこのような特約が有効なのか、という点について、大きく分けて3つの考え方があるように思います。

(1)無効である説
行使しないということは、放棄している、または譲渡しているのと実質的に同じ意味なのだから、著作者人格権は譲渡できないという規定(法59条)にも反しているし、人格権という性質から考えても適合しないから無効である、というような考えです。

(2)有効である説
行使をしないというだけであって、譲渡などをしているわけではなく、そもそも法律上不行使までは禁止されていないので、契約自由の原則から考えても有効である、というような考えです。

(3)原則として有効、ただし場合によっては無効である説
著作者人格権の不行使特約自体は原則有効であるとしながらも、ただ著作者人格権の侵害に該当する利用行為や目的などから考えて、不行使特約という契約を結ぶときの前提条件から大きく外れているような場合には、この契約を無効として扱う、というような考えです。

この3つの考えがあるという前提で、では実際の裁判ではどのように判断されたのかをいくつか紹介します。

特約が無効であると判断された事例

まずは、著作者人格権の不行使特約は無効であると判断したものを紹介します。

本件覚書4条には,本件原稿について,原告は,被告又は被告から著作権を承継した者又は被告から当該著作物を利用する権利を取得した者に対して著作者人格権を行使しない旨が記載されている。しかし,前記1に認定したとおり,従来,被告により「創英知的財産研究所」名義で出版された知的財産権に関する出版物には,被告主宰の本件特許事務所の構成員を含めて,分担執筆担当者の氏名が表示されていたものであり,このような事情があったことから,本件覚書についても,原告は,自己の氏名が本件書籍に表示されることを前提として署名,捺印したものであるから,本件覚書に上記条項(4条)が存在することを理由として,原告が本件原稿について氏名表示権の不行使を約したと認めることはできない(また, 前記のとおり,本件書籍には,原告を除く執筆担当者の氏名は「執筆者」として表示されており,結局,氏名を表示されていないのは原告のみであるところ,本件覚書4条により原告がこのような差別的な取扱いをも容認していたと認めることは,到底できない。)。
東京地判H16.11.12判決文(p14)より引用(ただし下線は筆者)

特約の内容を含む覚書が締結されている場合において、弁理士である原告(執筆後に退職)が執筆した文章が掲載されているにも関わらず原告の氏名だけが表示されなかったものです。
それまでは弁理士事務所名義の出版物についてはそれぞれ担当者氏名が表示されていたため、原告もそれを前提として覚書に署名しましたが、他の執筆者の氏名は表示されているのに原告の氏名だけが表示されていないのは、原告への差別的な取扱いでもあり、覚書による氏名表示権の不行使を否定して原告の氏名表示権侵害を認めたものです。

特約が有効であると判断された事例

今度は逆に著作者人格権の不行使特約が有効であると判断されたものを紹介します。

本件譲渡契約により,原告と被告東北新社との間で,原告は同被告から対価の支払を受けて,本件各著作物を含む対象作品についての著作権及びあらゆる利用を可能にする一切の権利を譲渡し,かつ,原告が譲渡の対象とされている権利を専有していることを保証したことが約されたことは明らかである。そうすると, 被告東北新社(又は,その許諾を受けた者)による本件各著作物を利用する行為が,原告の著作者人格権を害するなど通常の利用形態に著しく反する特段の事情の存在する場合はさておき,そのような事情の存在しない通常の利用行為に関する限りは,原告は,本件譲渡契約によって,原告の有する著作者人格権に基づく権利を行使しない旨を約した(原告が同被告に対して許諾した,あるいは,請求権を放棄する旨約した。)と解するのが合理的である。
東京地判H13.7.2判決文(p4-5)より引用(ただし下線は筆者)

こちらは明確に不行使特約を定めた契約があるものではありませんが、ただ対価を得て一切の著作権を譲渡しているのであれば、著作者人格権を行使しないことを約束したと理解することが合理的である、としています。

他にもあります。

原告と被告トーセは、平成21年6月1日、本件業務委託契約を締結し、本件業務委託契約第7条(3)において、原告は、成果物の著作者人格権を被告トーセ及び被告トーセの指定する第三者に対する関係で放棄する旨合意した。 したがって、仮に、被告トーセが、本件各動画を利用して本件ソフトを製作し、本件ソフトに原告の氏名又は名称を表示せずこれを公表したとしても、 原告は、被告トーセに対し、原告の本件各動画に係る著作者人格権を行使することはできない
東京地判R5.5.31判決文(p26)より引用(ただし下線は筆者)

こちらはストレートに、著作者人格権を放棄する旨を定めた業務委託契約を締結しているため、著作者人格権を行使することはできないとしています。

原告が控訴しましたが、知財高裁は上記原審を支持して同様の判断をしています。

また、仮に、争点7で原告が主張するとおり原告が本件ソフトの著作者であるとしても、原告は、同条第3項の約定により、被告トーセとの間で、本件ソフトに係る著作者人格権を行使しない旨の合意をしたものと認められる
知財高判R5.11.28判決文(p8-9)より引用(ただし下線は筆者)

なお、この件は、原告が法人であるため、自然人よりは”人格権”としての性質を弱めて判断している可能性もあるようには感じられます。

特約の有効性を明示していないが、有効であると推認できる事例

他にも、不行使特約を明示的に有効とは判断していませんが、ただ裁判所は有効であると判断していると考えられる裁判例もあります。

被告らは,原告と被告Xとの間において,明示又は黙示の著作者人格権不行使の合意が成立していると主張する。しかし,著作者人格権不行使の合意がされた場合に,その合意が効力あるものと解されるべきか否かの判断はさておき,本件全証拠によっても,著作者人格権不行使の合意が成立したことを認めることはできない。被告らの上記主張は,採用の限りでない。
知財高判H24.1.31判決文(p7)より引用(ただし下線は筆者)

不行使特約の有効性についての判断はさておかれていますが、ただ不行使特約が成立したことは認められないと判断しています。
つまり、不行使特約が成立していれば、その有効性が「判断」されるのであって、不行使特約自体が直ちに無効だったり、そもそも成立しない契約であるとはされていません。判断によって「有効」となる余地はありそうです。

続いては、原告の氏名表示権が侵害されたことを認めた裁判例ですが、元々原告が写真の利用を許諾していた会社が破産し、その会社から許諾を受けて原告の写真が収録されている写真素材集CD-ROMを販売していた被告との間の争いです。

そうすると,原告は,当初よりビジュアルディスクにおいてはCD- ROMやデジタル画像データに原告の氏名が表示されないことを認識し,そのことを了解していたというべきであって,本件覚書締結時においても,特段この点を指摘しなかったものである。以上の事情に照らせば,原告が許諾した本件CD-RO Mの販売に関しては,原告と被告イシイとの間において,原告が氏名表示権を行使しないことについて黙示の合意が成立していたというべきである。  ただし,本件覚書が解除により終了したことに伴い,上記黙示的合意も失効したというべきであるから,その後において原告の氏名を表示しないまま本件CD-ROMを販売することが原告の氏名表示権を侵害するものとなることは当然である
大阪地判H17.3.29判決文(p27)より引用(ただし下線は筆者)

覚書締結時にはすでに被告CD-ROMは販売されており、素材集ということもあり写真の著作者の氏名は原告を含め一切表示されておらず、原告はそれを知った上で特段指摘することもなく使用料に関する覚書を締結しているため、氏名を表示しないことについて黙示の合意(これがいわば不行使特約であるといえます)があったと判断されています。
そして、その覚書が解除されたことにより、不行使特約も同時に失効したにも関わらず、被告は原告氏名を表示しないままCD-ROMの販売を継続したため、氏名表示権の侵害と判断されています。

これはつまり、覚書が解除されるまで不行使特約は有効であった、だから覚書が有効である間は氏名表示権侵害が成立しなかった、と解釈することができるのではないでしょうか。

一律制限ではなく事案に応じた適切な契約を

以上の裁判例を見てきたとおり、著作者人格権の不行使特約が一律有効であるとも無効であるともいえない、というのが実情ではないでしょうか。

当事者間の様々な事情を勘案して判断することにより、特約の有効・無効が決まります。
ただその前提として、不行使特約は原則として有効である、と考えるのが自然です。冒頭で挙げた考え方の(3)ですね。
これは上記のとおり明示的に有効であると判断したものだけでなく、有効であると推認できる裁判例が存在するためです。

よって、原則として有効であるという前提のもとで、受託者であるクリエイター側にとっては過度に自身の権利が抑制されることを防ぐよう、適切に意思表示や交渉することが重要になってきます。
また、委託者側としても、安易に著作者人格権の行使を制限するのではなく、制限が必要な範囲と、そうでない範囲をしっかりと区別し、双方が納得する形で契約を締結できるようリードすることも必要になってくるのではないでしょうか。

なお、すでに著作者人格権の不行使特約を含む契約を締結している場合であっても、著作者人格権の侵害度合いによっては、裁判によってその特約の効力が否定される可能性もあります。
著しい権利侵害を受けたクリエイターは、契約の存在を理由に諦めたり泣き寝入りせず、法的措置の検討というのも選択肢に入れてみてはいかがでしょうか

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