カラオケの音源を無断で利用して動画を作成し、YouTubeにアップしていた男性が著作権法違反容疑で書類送検されたとのニュースがありました。
カラオケ音源、ネットで無断公開容疑 会社員を書類送検(Yahoo!ニュース)
容疑としては「著作権法違反」ですが、違反の対象となったのは「著作隣接権」です。
この著作隣接権という権利、あまり聞き馴染みが無いかもしれませんが、特に音楽の作成や利用においては決して無視できない重要な権利です。
そこで、この記事では特に音楽についての権利として著作隣接権を考えてみます。
著作隣接権とは
簡単に言えば著作物などの伝達を行った者に自動的に発生する権利で、その権利が与えられるのは「実演家」「レコード製作者」「放送事業者」「有線放送事業者」の四者です。
ポイントとしては、著作物の伝達だけではなく、著作物以外のものであっても、その伝達を行った先述の四者には著作隣接権が与えられます。
なお、「実演家」とは、著作物を演じたり歌ったり踊ったり演奏したり朗詠したりする人のことで、著作物以外を演じる場合でも、芸能的な性質を持つもの(例えば手品、アイスショーなど)も含まれます。
「レコード製作者」とは、レコード(媒体を問わず、音を最初に固定したもの。音楽業界では特に「原盤」と呼ばれます。)を制作した人のことです。
ちなみに、「音」は著作物に限定されませんので、自然音なども対象です。
さらに、「音の固定」とはレコーディングに限りませんので、カラオケ音源を作成したカラオケ事業者や、その他MIDIデータを作成する事業者などもレコード製作者となります。
音楽に関係する多数の権利
市販される音楽に関する一般的な著作権を表したのが上図です。
1つの曲であっても、これだけ多くの権利と権利者が関係してきますので、音楽の著作権とは生まれながらにして複雑であると言えます。
いわゆる原盤権
音楽業界では普通に「原盤権」という言葉が使われますが、実はこの言葉は法律では定義されていません。
先述の原盤に関する権利だということはなんとなく分かりますが、多くの場合、「レコード製作者の権利」と「報酬請求権を除く、実演家の権利」を合わせたものを原盤権と呼ぶようです。
なお、実演家の報酬請求権(放送使用料やレンタル使用料を請求できる権利)は譲渡されませんので、これらは文化庁が指定する団体(芸団協CPRA)を通じて行使します。
原盤権は、レコード製作者の権利である「複製権」「送信可能化権」「譲渡権」「貸与権」という許諾権と、実演家の権利である「録音・録画権」「放送権・有線放送権」「送信可能化権」「譲渡権」「貸与権」という許諾権を含みます。
許諾権とは他人による利用を許可すること、逆に言えば許可しない限り他人は利用できないということですので、原盤の複製物である市販CDをコピー(=複製)するという利用は、原盤権を有する者の許可がなければ権利侵害ということになります。
YouTubeにアップしたり自身のSNSやホームページにアップするという送信可能化という利用について同様です。
冒頭の記事の容疑者も、原盤権者の許諾が無いにも関わらず、複製や送信可能化という利用を行ったことにより、著作隣接権の侵害、つまり著作権法違反という容疑になっているわけです。
著作権とは違う
著作隣接権も、著作権法で定められている権利であるため、広い意味では著作権です。
ただ、著作物を創作した著作者に与えられる権利である、財産権としての狭義の著作権とは異なるものという認識が必要となります。
音楽の権利と言えばJASRAC(ジャスラック:日本音楽著作権協会)が有名です。
ただ、とても重要な点なのですが、JASRACが管理しているのは(狭義の)著作権の一部ですので、著作隣接権とは無関係です。
つまり、音楽を利用する場合はJASRACに申請すればすべてOKという訳では無く、利用方法によっては著作隣接権者などJASRAC以外の権利者からの許諾も必要となります。
確かに、YouTubeやニコニコ動画などでは、利用に関してJASRACと包括契約を結んでいるため、動画投稿者は、JASRCに申請することなくJASRAC管理楽曲を投稿することができます。
しかしこれはJASRACが管理している範囲の権利、つまり財産権としての著作権に限って予め利用が許諾されているだけです。
よって、市販CDやダウンロード音源など、原盤と同じ音源を利用して動画を作成したり、動画投稿する場合は、原盤権者から「複製」や「送信可能化」の許諾を得なければなりません。
詳細は http://license-search.nicovideo.jp/ こちらをご覧ください。
”歌ってみた””踊ってみた”動画の問題
動画投稿サイトには、カラオケをバックに歌っている動画や、CD音源などに合わせて踊る動画が多数投稿されていますが、そのほとんどは原盤権者からの許諾は得ていないものと推測されます。
CD音源はもちろん、意外かも知れませんが先述の通りカラオケ店に配信される音源を作成した事業者もレコード製作者の権利を有しています。
こういった権利者からの許諾が得られていないということは、著作権法違反の疑いが濃厚です。
「宣伝になるから」というのは利用者側が言うセリフではなく、これで権利侵害が許されるものでもありません。
合法的に”歌ってみた””踊ってみた”をやるにはどうするのか?
最も良いのが、権利者から許諾を得ることです。
しかし、実際には個別に許諾を出すとも思えませんので、動画投稿目的としてはあまり現実的ではありません。
そこで、音源の無許諾利用がダメなら、原盤そっくりのものを作ってしまう、というやり方があります。
つまり、使いたい音源を耳コピしたりして、音源に似せて実際に楽器演奏や打ち込みを行い、それを独自の音源として利用する方法です。
かなり手間はかかりますが、自身が原盤の製作者となるわけですから、その原盤を自由に利用して動画投稿することができます。
権利者側の歩み寄りにも期待
原盤音源を合法的に利用するには、このように様々な手間がかかります。
もちろん、原盤権者の権利は最大限尊重する必要がありますが、その一方で、カラオケ音源を使って歌った動画が投稿されることで、原盤権者はどの程度の損害を被るのでしょうか?
動画が多数再生されることで、動画投稿者に多額の広告収入があることが問題視されています。
確かに、苦労して製作した原盤を安易に利用して利益を上げるというフリーライドは歓迎できるものではありませんが、その広告収入を折半できる仕組みがあれば、原盤権者としても大きな損害にはならず、むしろ放任するよりは若干でも収益が期待できます。
先述の「恋ダンス」踊ってみた動画も、条件付きとはいえ広く許諾したことが大ヒットの要因の一つとして考えることもできそうです。
権利者も動画投稿者も、双方がハッピーになれる仕組みによって、音楽業界や音楽産業がもっと発展することを、いち音楽ファンとして期待したいところです。