保護対象は芸術作品だけではない?改めて考える著作物の範囲

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著作権侵害の成否についてまず重要となるのが、侵害されたとする創作物が著作物なのか?という点です。
著作物でなければ、著作権法(以下「法」といいます。)の規定が適用されず著作権という権利も発生していませんので、著作権侵害になることはありません。

その著作物について、一般的に著作物だとされるもの、例えば小説や映画、音楽、絵画やイラストといったものから連想されて「著作物といえるのは芸術作品だけである」と考えている方もいるのではないでしょうか。

そこで、著作権を考える上でとても重要な著作物の定義について、”芸術作品”というキーワードで少し考えてみたいと思います。

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法での定義

まず、著作物とは何かという点において、法では2条1項1号において次のように定義されています。(※太字は筆者によるものです。)

著作物 思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。

この定義だけを見ると、太字にした箇所のようにハッキリと書かれているため、著作物とは文芸、学術、美術、音楽だけなのではないか?と感じてしまうのも無理はなく、文芸などの芸術作品だけが該当するものである、という誤解が生じやすいのも仕方の無いことかもしれません。

実際、何らかの事務的な文書に対して「これは芸術作品ではないから著作権は問題無い(だから自由に利用できる)」といった考えを表している方もいらっしゃるようです。

しかし、実際には著作物とは芸術作品に限られるものではありません。

芸術作品には限定されない

ではなぜ芸術作品とは限られないにもかかわらず、「文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」と誤解を生みかねない表現で定義されているのでしょうか。

これについて、現在の著作権法の起草者である加戸先生は、文芸や学術などを区分けしてどの分野に属するかを考えるのではなく「知的・文化的な包括概念の範囲に属するもの」であると説明されています。(加戸守行『著作権法逐条講義[七訂新版]』 (著作権情報センター,2021年)25頁)

つまり、これはあくまで例示であり、特許権や商標権、意匠権といった工業所有権(産業財産権)との境界を示しているものであると考えられています。

過去の裁判においても、「『文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属する』というのも、知的、文化的精神活動の所産全般を指すものと解するのが相当である」と判断された例があります(東京高判昭和62年2月19日)。

他にも、例えばコンピューターのプログラムについても”著作物の例示”として法10条1項9号に記載されており、これも文芸・学術・美術・音楽のいずれにも該当しませんが、それだけで著作物性が否定されるのではなく、場合によっては著作物になり得るということを表しています。

事務的な文書も著作物に該当する可能性

最近においても、芸術作品には該当しない文書についても著作物性を認めた裁判例が出てきています。

その一例として、弁護士会に提出された特定の弁護士に対する懲戒請求書について著作物性を認めた事例(知財高判令和3年12月22日。原審東京地判令和3年4月14日)があります。

懲戒請求書ですから、一般的には芸術的では無い事務的な文書であると考えられるかと思いますが、裁判所は次のように判断して懲戒請求書の著作物性を認めました
(※この判断について、知財高裁は一部変更しただけで原審をほぼそのまま引用しているため、当記事でも原審から引用します。太字は筆者によるものです。)

しかし,懲戒請求の理由については,その内容が一義的かつ形式的に定まるものではなく,その構成においても様々な選択肢があり得るところ(略),その構成や論旨の展開には作成者である原告の工夫が見られ,その個性が表出しているということができる。
また,懲戒請求の理由における記載内容についても,本件懲戒請求書には単に懲戒理由となる事実関係が記載されているにとどまらず(略),70行(1行35文字)にわたり記載されており,その表現内容・方法等には作成者である原告の個性が発揮されているということができる。
(略)
公的な訴追行為に類する行為のための文書が,類型的に著作物に当たらないと解すべき理由はない

同様の例として、こちらは裁判所が著作物性を認めたものではありませんが、「訴状」のデータファイルへのリンクをブログに記したことが著作権の侵害などに該当するかについての裁判において、両当事者も裁判所も訴状が著作物であるとの前提(※両当事者で争いがなく、対象の訴状は「原告が作成した著作物」であるとされています)で判決が出されたものもあります(東京地判令和3年7月16日)。

この訴状というのも、文書ではありますが文芸や学術の範囲に属するとは考えにくく、事務的な文書であると考えるほうが適しているかと思います。
それでも、著作物であるとの前提において裁判が行われることもあるのです。

その一方で、事務的な文書であっても作成者の個性が発揮されていないものであれば、著作物とは認められないと考えられます。
例えば、契約書について「思想又は感情を創作的に表現したものであるとはいえない」ため著作物ではないと判断された裁判例があります(東京地判昭和62年5月14日)。もっとも、個性的な契約書であれば著作物性が認められる余地はあると思いますが、そのような契約書を作成する場合というのは非常に珍しいのではないでしょうか。

このように、事務的な文書、ビジネス的な文書であっても、「思想又は感情を創作的に表現したもの」という定義に当てはまるのであれば著作物として著作権法の保護範囲となる場合がありますので、「芸術作品ではないから大丈夫」と誤信しないよう気を付けたいですね。

ただ、このような事務的な文書を著作権法で保護することについて反対意見もあると思います。特に著作権法の目的は「(略)文化的所産の公正な利用に留意しつつ(略)文化の発展に寄与すること」(法1条)である以上、果たして事務的な文書を保護することが文化の発展に寄与することに繋がるのかは検討の余地があるようにも感じます。
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