裁定制度は単に「勝手に使える」仕組みなのか?誤解される理由と本当の目的

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著作物は私たちの社会にとって欠かすことのできない文化的資産です。文学、音楽、美術、映像などの作品は、創作者の表現であると同時に、時代を超えて受け継がれる文化の記録でもあります。

しかし、その利用にあたって大きな障壁となるのが「著作権者が不明」という状況です。著作権法(以下「法」)では、著作物の利用には原則として著作権者の許諾が必要ですが、許諾の取りようがない場合、著作物は事実上「利用できない」状態となってしまいます。
このような課題に対応するために、法には「裁定制度」という、強制許諾の仕組みが存在します。

強制許諾制度自体は、日本も加盟している国際条約(ベルヌ条約)でも定められており、日本の著作権法に基づく裁定制度も、ベルヌ条約における強制許諾に位置づけられるものとされています(文化審議会著作権分科会 契約・流通小委員会「第6節 裁定制度の在り方について」より

しかし近年、この制度についてSNSなどでは誤った理解が広がっており、「文化庁が勝手に他人の著作物の利用を許可するのは許せない」といった誤解に基づく発信も少なくありません。

本記事では、裁定制度がどういう制度なのか、なぜそれが必要なのか、そしてなぜ誤解されているのかを踏まえ、その文化的・法的意義を考えてみます。

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裁定制度とは?

裁定制度とは、法67条〜70条を根拠とする制度で、著作物等の利用にあたり、著作権者の許諾が得られない場合でも、文化庁長官の裁定を受けることで、合法的な利用を可能とする仕組みです。

この制度の概要を簡単にまとめると、以下の通りです。

【法70条に基づく、従来から存在する裁定制度】

  • 著作物の利用を考える者は、著作権者の所在を調査するための「相当な努力」を尽くす必要があり、それでも見つからなかった場合に限り申請可能
  • 文化庁に裁定を申請し、認められれば利用が可能に
  • 通常の使用料相当額として文化庁長官が定める額の補償金の供託が必要(国等を除く)
  • さらに担保金を供託した場合には、裁定申請中であっても利用可能に

【法70条の3に基づく、令和8年度から開始される予定の「未管理公表著作物裁定制度」】

  • 著作権者が存在することは確認できるが、著作権等管理事業者などによって管理されておらず、かつ著作権者自身による利用の可否に関する意思表示が確認できない公表済み著作物等(未管理公表著作物等)が対象
  • 一定の意志確認措置を講じた上で、文化庁に裁定を申請し、認められた場合に著作物の利用が可能に
  • 通常の使用料に相当する額の補償金の供託が必要
  • 著作権者が著作物の管理を著作権管理団体に委託したり、利用に関する協議を受け付けるための措置を講じた場合、著作権者の申請により、裁定が取り消されることがある
  • 裁定が取り消された場合、補償金の一部が著作権者に支払われる
  • 取り消されなくても、利用可能期間は最長3年
  • 補償金の額の計算や意思確認措置の妥当性については、文化庁長官の登録を受けた「登録確認機関」が担当
未管理著作物裁定制度についてはnoteにも記しています
新しい裁定制度には誤解が多そう、という話

つまり、著作権者の利益を尊重しつつ、社会的な著作物利用の必要性に対応する法的な調整手段といえる制度です。

なお、どちらの裁定制度も「著作者が当該公表著作物等の出版その他の利用を廃絶しようとしていることが明らか」である場合は対象外となります。
つまり、自身の著作物をどうしても他人に利用させたくない場合は、”一切の利用を許可しない”旨を明示しておくことが重要です。

ルーツは明治時代から続く文化と法の調和

裁定制度の考え方は決して新しいものではありません。その原型は、明治32年(1899年)に施行された旧著作権法(第27条)にまでさかのぼります

第二十七条 〔法定許諾〕  著作権者ノ不明ナル著作物ニシテ未タ発行又ハ興行セサルモノハ命令ノ定ムル所ニ依リ之ヲ発行又ハ興行スルコトヲ得

旧法のこの規定から対象となる著作物の範囲が見直された上で、現行法の裁定制度が制定されています。

つまり、裁定制度というものは、120年以上にわたり維持され、社会の変化に合わせて運用が改善されてきた法制度の延長線上にあるものです。

なぜ裁定制度が必要なのか?

裁定制度は「公衆の需要があるにも関わらず,著作物の適法な利用手段がないことは,社会公益の見地において適切でないことにより設けられたもの」(先述の分科会資料より)とされています。

その背景として重要なのが、いわゆる「孤児著作物(orphan works:オーファンワークス)」の問題です。

孤児著作物とは、著作権保護期間中であるにもかかわらず著作権者の氏名や所在が不明なものや、そもそも著作者が不明であるため保護期間内(原則として著作者の死後70年)なのかどうかが不明であるため、利用許諾を得ることができない著作物のことを指します。

特に、2018年の著作権法改正により、保護期間が50年から70年に延長されたことにより、さらに数が増えることが懸念されています。

例えば、代表的な例では以下のようなものが該当します。

  • 昔の書籍で著者がすでに亡くなっており、相続人も不明
  • 昔の新聞記事や写真で、権利関係の記録が残っていない
  • 映像作品や放送コンテンツ、ゲームソフト等で、制作会社が消滅している

このような作品は文化的・教育的な価値が高いにもかかわらず、権利処理ができないがために利活用が進まず、社会にとって大きな損失となっています。

裁定制度は、こうした著作物を法律に基づき適切に再活用する道を開く唯一の仕組みであり、文化の継承と発展を阻害しないために欠かせない制度なのです。

「文化庁が勝手に使わせている」という誤解

近年、特に未管理著作物裁定制度についての発信が増えていく過程で、SNSやネット上では、裁定制度について次のような誤解が目立つようになっています。

代表的な誤解としては、「文化庁が著作物の使用を勝手に許可している」「14日間連絡が付かなければ無断転載し放題だ」といったものです。

しかし、これらの見解は大きな誤解です。

まず、裁定制度は文化庁が恣意的に許諾を与える制度ではありません。すべては著作権法という法律に基づき、利用者が一定の手続と義務(権利者探索・補償金供託等)を果たした場合に限り、法的に「利用を認める」ものです。

また、補償金の供託等が必要であることに加え、裁定制度により利用される著作物には、裁定制度により利用していること、そしてその裁定を受けた年月日を記す必要がありますので、いわゆる”無断転載”とは容易に区別することができ、自由に利用が可能になるものではありません

つまり、これは「文化庁の裁量」ではなく、「著作権法によって設計された法的制度」に過ぎません。

このような誤解が制度への不信や不活用につながるのは、非常にもったいないことです。
制度の正しい理解こそが、文化の適正な利用と創造的活動の後押しにつながります

私的使用のための複製(法30条)や引用(法32条)、非営利・無償・無報酬の上演等(法38条)などの権利制限規定も、著作者の意向に関係なく無許諾で利用できるものですので、ある意味では強制許諾ですし、裁定制度とは異なり誰の許可も要りませんので、その点では裁定制度以上の強制許諾であるともいえます。

文化資産を生かすための制度として

著作物は、個人の創作であると同時に、社会が受け継ぎ、発展させるべき文化の土台です。裁定制度は、著作権者自身や許諾の有無が不明という例外的な状況においても、文化の発展を閉ざすことなく、法の下で活かすための道筋を提供するものです。

SNS上の誤解や制度への不信感に惑わされず、この制度の本質的な役割を理解することが、文化を次世代へつなぐ第一歩になるはずです。

だからこそ、裁定制度自体は先述のとおり120年以上前から(現行法に限っても50年以上前から)運用されてきたものであり、この制度によって私たちが目にすることができた著作物も少なくありません

裁定制度の実績は文化庁ウェブサイトで公開されています
https://www.bunka.go.jp/seisaku/chosakuken/seidokaisetsu/chosakukensha_fumei/saitei_data_base.html

文化庁はあくまで制度の窓口として位置づけられているだけであって、制度の根拠は著作権法という法律にあります。

そしてその背後には、明治時代から受け継がれ、そして諸外国でも実施されている「文化資産を守るだけでなく活かす」という思想があるのではないでしょうか。

著作権法というものが権利者保護のための法律である、という誤解も根強いですが、法の目的は「文化の発展に寄与すること」であり、そのための手段が「文化的所産の公正な利用」と「著作者等の権利の保護」であることが明確に定められています(法1条)。権利保護だけではなく、利用も重要なのです。

次の創作につなげるために

裁定制度は、著作権の保護と文化の利活用という両立しにくい価値観の間に、調和の道を示してきました。

以前よりは利用が伸びているとはいえ、それでもまだ社会一般に認知されているものとはいえず、特に個人レベルでは制度利用の検討自体やらないという場合も多いと考えられ、それによって誤解も生まれやすいものだとは思います。

しかし、その本来の意義に立ち返れば、文化資産を社会で共有し、次の創作につなげるという、極めて本質的な役割を担っていることが見えてきます。

これからの時代、孤児著作物の活用や、アーカイブ・教育・研究分野での制度活用はさらに重要になると考えられます。
私たちの文化が未来へと続いていくためにも、正しい理解と運用が望まれます。

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