JASRAC(ジャスラック。正式名称は「一般社団法人 日本音楽著作権協会」)という団体をご存じの方は多いと思います。
著作者はもちろん音楽を利用する側にとっても必要不可欠な団体なのですが、特にインターネット上では非常に批判が多いというのも特徴かもしれません。
しかも、残念ながらその批判の大半が勘違いや不正確な情報などに基づいているのが実情です。
そこで、JASRACに関連して最低限知っておいてほしい要点を5つだけ取り上げますので、批判をする前によくご理解いただきたいと思っています。
なお、この記事は「JASRACを批判してはいけない」という趣旨ではないことを予め表明しておきます。正当な批判は組織改善のためにも必要であることは当然に大前提です。
【ポイント1】そもそも音楽を演奏したりネットにアップしたりできるのは著作者だけです
JASRACを語る上で著作権法についての理解は避けては通れませんが、ここでは最重要な点のみをご紹介します。
著作権法では、様々な「利用」について、それを実行できるのは著作者のみ(著作権法21条~28条)と定められており、ここでの「利用」とは、複製や譲渡、貸与、改変、そして次のような利用が該当します。
・大勢、または少数だけど不特定の人に聴かせるために音楽を演奏、再生すること(演奏権)
・SNSなどインターネット上にアップロードすること(公衆送信権)
つまり、作詞者や作曲者といった著作者以外の者(※著作権者から許諾を得ている場合を除きます)は、その著作者の曲を人前で演奏したり歌ったり、あるいは歌った動画をネットにアップすることはできません。
これはJASRACが決めたのではなく法律で決まっていることです。
※YouTubeやニコニコ動画、TikTokなど(他詳しくはこちら)は利用に関する包括契約をJASRACと締結していますので、JASRACから利用の許諾を受けています。よって、これらの動画サイトなどにアップロードしたり配信したりすることは原則として問題ありません。(ただし市販音源などを利用する場合は原盤権について別途注意が必要です。 音楽利用の必須知識!著作権だけど著作権ではない、著作隣接権とは?)
なお、著作権は他人に譲渡することもできますので、その場合は著作者と著作権者が別人ということになり、その著作物を利用できるのは著作権の譲渡先である著作権者のみ、となります。
ちなみに、これは日本の著作権法が厳しいからではありません。
日本をはじめ世界171カ国が加盟している「ベルヌ条約」(文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約)に沿ったもので、例えばアメリカ、ドイツ、フランスなどの著作権法でも同様の規定が存在します。いわば「世界共通のルール」です。
【ポイント2】JASRACは代理人ではなく著作権者です
演奏できるのは著作者だけだとして、ではなぜJASRACが出てくるのか?
それは作詞者、作曲者といった著作者が、自身の著作権を直接的または間接的にJASRACに譲渡(信託譲渡※後述)しているため、JASRACが著作権者となっているためです。
つまり、JASRACが作詞者などの著作者であり著作権を有する者の代理をしているのではなく、またもちろん勝手に集金活動などをしているわけではありません。
よく「作曲者自身が使って良いよと言っているのに、なぜJASRACにお金を払わなければならないのか」と考えている方もいますが、上記ポイント1を思い出してください。
著作権(演奏権)が譲渡されている以上、たとえ作曲者(=著作者)であっても著作権者ではないため、他人による演奏を許諾することはできませんし、原則として作曲者自身の演奏であっても人前で演奏できる権利がありません。
JASRACと直接契約を交わして著作権譲渡している方は、自身の意思で契約しているわけですから、自身が著作権者ではないことは理解している場合が多く、安易に「使って良いよ」とは言わないと思います。
しかし、間接的に譲渡している場合、つまりJASRACと直接の契約は存在せず、音楽出版社との契約により著作権譲渡している作詞者・作曲者の場合、契約内容を把握しておらず自身が著作権者ではないことを理解していないケースも少なくありません。
JASRACと直接契約を交わして譲渡している著作者は通称「メンバー」と呼ばれており、逆に音楽出版社への譲渡によって間接的にJASRACに著作権を譲渡している著作者は通称「ノンメンバー」と呼ばれており、現在はノンメンバーのほうが圧倒的に多いです。
ノンメンバーの言動により「作曲者がOKと言っているのに!JASRACはおかしい!」といった誤った批判が生まれることもあります。
ノンメンバーは”自分の曲だ”という意識があるのかもしれませんが、著作権を譲渡している以上、自分には(著作者人格権を除く)著作権が無い(=無断でネットアップや演奏はできない)ことを十分に理解する必要があります。
ちなみに、筆者もノンメンバーとして数曲がJASRACによって管理されていますが、それは音楽出版社との間でこのような「著作権の譲渡についての契約」を交わすことによって、契約の対象となる筆者の曲のすべての著作権(著作者人格権を除く)が音楽出版社に譲渡され、その音楽出版社からJASRACへと信託譲渡されることによって実現されています。
【ポイント3】JASRACは著作者の依頼によって活動しています
なぜ著作者は、自身の大切な権利である著作権を、JASRACに譲渡するのか?
著作者によって考えはいろいろあるかと思いますが、最も大きな理由は「権利管理を委託し創作活動に専念するため」ではないでしょうか。
ポイント1で示したとおり、音楽を人前で演奏できるのは著作者だけです。
しかも、この「演奏」にはCDや音源の再生も含まれるのですが、自分だけで演奏したりCDを流したりしていても、その曲は広まりません。多くの人の耳には届きません。
しかし、それではせっかく創作し発表した意味がありません。
そのため、自分以外の人に対して演奏しても良い、テレビやネットで配信しても良い、と許可を与えることで、その曲を多くの人に届けることができるようになります。
ただ、その許可を与えるという作業はとても大変です。
日本中ばかりか世界中から「使わせて!」というオーダーが来た際に、それを処理する事務作業の量も膨大になるでしょうし、無断で使っている場面を発見した際は何らかの対応が必要になるかもしれません。
さらに、著作者だって生きていくために、そして創作活動を続けるために、当然お金が必要です。
許可を与えるだけでは自身の金銭的利益には結びつきませんから、何らかの形でお金を得ないと生活に窮することになり、音楽家を続けることができなくなります。
だからこそ、このような作業を請け負ってくれる組織として、JASRACのような著作権管理団体が必要となってくるのであり、JASRACは著作者から著作権という財産を譲り受けることにより委託を受けて、その著作者のために利用許諾や集金などの活動を行っているのです。
また、音楽を利用する側にとっても、JASRACの存在は大きなメリットがあります。
JASRAC管理曲でなければ、利用する曲ごとにその作詞者と作曲者に直接連絡をとり、利用の許諾可否を確認し、利用OKであれば作詞者と作曲者が提示する料金を支払って、、、というのは非常に手間のかかる作業ですし、そもそも作詞者などが「利用してはダメ」という場合もあり得ます。
しかし、JASRACが管理している曲であれば、特別な理由がない限りJASRACは利用を許諾してくれますし(著作権等管理事業法16条)、利用料金は予め開示されていますので高額な請求がやってくることもありません。
JASRACに委託することで、利用の許諾はJASRACがやってくれますし、さらに許諾の対価も徴収してくれますので、それが委託者に支払われます。
この金銭が、音楽創作活動でのいわゆる”印税”と呼ばれる収益の一部となります。
仮にJASRACがこのような集金活動を行わなかったら、著作者自身が全国での無数の利用に対して利用を許諾して、請求して、入金確認して、、、という作業を強いられることになり、とても創作活動なんてできませんよね。
また、JASRACがお金を集めてくれるから著作者が創作活動に専念できるのであって、JASRACが無ければ「音楽家=食えない職業」となってしまって志す者が減っていき、音楽という文化は衰退するのではないでしょうか。
また、例えばテーマパーク入場料の内訳を気にする人はほぼいないと思いますが、なぜJASRACに支払うお金の内訳(=分配比率)は気にするのでしょうか?もし分配比率が不当であれば分配金をもらう側である委託者がJASRACに申し立てるものであり、利用料を払う側である利用者が言うものではありません。
そもそも、JASRACに委託したのは著作者自身ですから、JASRACへの支払いを否定するということは著作者が行った選択も否定することになりませんか?
なお、JASRACは集金することが主な仕事ではなく、曲の利用を許諾することが仕事であり、その許諾の対価として利用料を請求しています(つまり実際には曲を利用しなかったとしても料金支払義務は消えません)。これは「信託譲渡」であることも関係してきます。
【ポイント4】単なる譲渡ではなく「信託譲渡」です
これまで何度か出てきた「信託譲渡」という点も重要なポイントです。
”信託”という言葉は、”投資信託”などで聞いたことはあると思いますが、簡単に言えば文字通り”財産の管理を包括的に信じて託す”ということです。
著作者は、「多くの人に利用の許諾を与えてその対価を徴収し、その利益を還元してくれる」ことを信じて、著作者の大切な財産権である著作権という権利をJASRACに譲渡しています。
そのように著作者から信じて託されているからこそ、JASRACは一人でも多くの人に音楽の利用を促進し、そして1円でも多くその利用の対価を徴収して著作者に還元しているのです。
そのため、JASRACは「音楽を使うな」とは言いません。それは”利用を許諾してあげてほしい”という著作者の信頼に反しますし、また「正当な理由なく利用の許諾を拒んではならない」という著作権等管理事業法16条にも違反します。
JASRACは「音楽を使うな」ではなく「音楽利用を許諾するのでその対価を支払って欲しい」ということを言っているのであり、それは信じて託している多くの著作者の期待に応えるためです。
また、信託譲渡であるということは、信託法の適用も受けます。
これによって、JASRACは「信託の本旨に従って信託事務を処理する義務」(信託法29条1項)や「受益者(=音楽利用者)のため忠実に信託事務処理などを行う義務」(同法30条)、「複数の受益者がいる場合の受益者のために公平に職務を行う義務」(同法33条)などの義務を負います。
つまり、もし音楽教室などの”営利目的で音楽を利用していることが明らか”である事業者から利用料を徴収しなかったら、それは著作者の期待を裏切るばかりでなく、これらの法的義務に違反(利用料を請求する事業と請求しない事業があっては公平ではなく、また信託の本旨にも従っていません)してしまうおそれもあると考えられます。
【ポイント5】JASRACは民間の法人です
最後に、誤解している方も非常に多いですが、JASRACは国などの公的機関ではなく、誰でも設立できる「一般社団法人」という立場です。
つまり、公的な権力はありませんし、天下り組織でもありません(理事の多くは作詞家・作曲家です)。
また一般社団・財団法人法に基づくいわゆる”非営利型”での運営となっており、剰余金の社員への分配(株式会社で言えば株主への配当)もありませんし、解散時の財産は国や地方公共団体などに贈与等されます。(JASRAC定款51条、54条[PDF])
例えば税務署であれば、国税庁の下部組織としていわゆる「税務調査」という半ば強制的な捜査を実行でき(本来は任意調査なのですが税務署職員からの質問に納税者は黙秘することができまませんし、帳簿などの提出を拒んだ場合は罰則が科されることもあります)、それによって不正な経理処理が見つかれば加算税を課すこともできるという強い力があります。
しかし、JASRACは一般社団法人という民間団体ですし、その職員も普通の従業員で、株式会社で言うところの社員と同じです。
だから強制力はありませんし、だからこそ音楽利用者に対して地道にお願いして、どうしても守られなければ著作者を守るためにも裁判等の法的手続きにより法的強制力を得るようにしているのです。
著作者のために頑張って働いている団体やその職員を、正当な理由なく”カスラック”などと称してはいけないと思いませんか?
まとめ
他にもポイントは多数あるのですが、筆者が重要だと考えるポイントを5つ紹介しました。
JASRACの活動を頭ごなしに批判するのではなく、その役割を理解した上で、それに反することに対しては批判や改善の要求をすべきでしょうし、根拠の無い批判やデマの拡散というのは、JASRACを信じて託している多くの作詞者と作曲者の創作活動の妨げとなってしまいます。
音楽文化の発展を願っているのは誰もが同じだと思います。
そのためにも、正しい理解のもとで正しい利用を心がけたいですね。
付記:
下図は他の記事でも掲載していますが、音楽の権利は著作者の著作権だけではありません。著作隣接権を含んだ原盤権など複数の権利も関係してきますので、利用する際はこれらも十分に勘案する必要があります。