最近、ある地域の祭りのために作成されたポスターが、別のイベントのポスターデザインに似ているとして話題になり、結果的に回収される出来事がありました。
愛知 西尾の祭りポスター回収へ「よさこい祭り」デザイン酷似(NHK 東海のニュース)
https://www3.nhk.or.jp/tokai-news/20250715/3000042540.html
この一件は、後述するとおりおそらく著作権法上の問題はないとは考えられますが、それとは別に、アイデアの類似により創作されたものが思わぬトラブルに発展する可能性を示唆しているといえます。
たとえ法的に問題がなかったとしても、世間一般の感覚から見て「似ている」と感じられるデザインは、思わぬ波紋を広げ、それがトラブルに発展してしまうことがあるのです。
ポスターの類似
問題となった祭りポスターも、似ているとされるポスターも、リボンのような形状の帯で文字を表現する手法や、祭りに参加している人物を切り抜いて配置する構図など、表現そのものが一致するとはいえないものの、いくつか類似する箇所が見受けられます。
そのため、祭りの実行委員会がポスターを制作した印刷会社に確認したところ、似ているとされる過去イベントのポスターデザインを参考にしたことを認めたため、配布済みのものも含めすべて回収する方針となったようです。
なお、マスメディアによる記事の多くで「ポスターのデザインを無断で参考にしていたと認めた」というような記載がみられますが、他のデザインを無断で参考にすること自体は問題ありません。無断で参考にすることが悪いような印象を与えかねない表現には違和感を覚えます。
著作権侵害にあたらないケースも?アイデアと表現の境界線
では、問題のポスターは、参考元のポスターの著作権を侵害しているのでしょうか?
著作権の侵害となるのは、「似ている」と感じた場合に該当するのではなく、元の著作物に依拠した上で、その表現が類似した場合に限られます。
今回の事例では、制作者側も他イベントのポスターを参考にしたことは認めていますので、依拠していることは確かです。
しかし、著作権侵害といえるほど類似しているのか、という点ではどうでしょうか。
そもそも著作権法(以下「法」)で保護される著作物とは、思想又は感情を創作的に表現したもの、とされています(法2条1項1号)。
つまり、具体的な表現が著作物として保護されるものであるため、表現そのものではない「アイデア」については保護の対象になりません。よって、著作権侵害を構成する類似性というのも、アイデアレベルの類似ではなく、”元の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得できる”場合であるとされています。
今回のケースの場合、「リボンのような帯で文字を表現する」「特定の配色を使う」「祭り参加者を切り抜いて配置する」といった点が似ているとはいえますが、ただこれらは具体的な表現ではなくアイデアであると考えられます。
そのアイデアによって生まれた表現そのものは参照元とは異なる点も多く、明らかに類似性を満たしているとはいえないため、法的に著作権侵害であると断定するのは難しいと考えられます。
「似てもよい」と「似てはいけない」の分かれ道
しかし、アイデアが類似しているだけであれば、常に問題無いということでもありません。
アイデアの類似性が問題になりにくいケースと、そうでないケースがあります。
たとえば、「未来からやってきた、耳がない猫型ロボット」というアイデアからは、多様なキャラクターデザインや表現が生まれる可能性が高く、法的な問題には発展しにくいといえます。
もちろん、そのアイデアから皆の知るあの「国民的猫型ロボット」にあまりにも酷似したデザインを創作して公表すれば、著作権侵害となる恐れがあります。
今回のポスターの件では、リボンのような帯(しかも配色まで類似)を使った文字表現がデザインの中心・要となっている点や、祭り参加者の写真を切り抜いて複数配置している点が重要です。
このような場合、このアイデアから生み出される表現の幅が比較的狭くなってしまい、そのデザインを見た多くの人が、著作権法上の類似性とは異なる一般的な感覚としての強い類似性を認識する可能性が高いと考えられます。
法的に問題なくても「トラブル」に発展する理由
一般的な感覚で類似性が高いデザインは、今回の事例のようにたとえ法的に問題がなかったとしても、世間の誤解を招き、「模倣だ」と受け取られるリスクをはらんでいます。
これにより、参考元のポスター制作者は不快感を覚え、模倣とされた側も不本意な形で批判にさらされるなど、双方にとって気持ちの良いものではありません。
実際、今回の事例でも、ポスターは使用されること無く回収という判断に至っています。
トラブルを避けるためには
今回のようなケースでは、関係者内だけで制作や選考を進めると、その類似性から生まれてしまう「トラブルの種」に気が付きにくい場合が少なくありません。
そのため、デザインを公表する前に、著作権の専門家といった第三者の意見を聞くことが、予期せぬトラブルを未然に防ぎ、関係者全員が安心してプロジェクトを進めるためにも非常に重要です。
これはポスターに限らず創作物を公表することのあるすべての企業や団体が気にかけることが望ましいといえます。
今回の事例も、根本的なアイデア(リボンでの文字表現や人物配置など)を取り入れつつも、アウトプットである表現をもう少し変えてはどうか、という意見があれば、トラブルを回避できた可能性もあると考えています。
いわゆる”炎上”などの思わぬリスクを回避し、より良い創作物を生み出して効果的に利用するためにも、制作から公表までの流れの中で、客観的な視点を取り入れる機会を設けることをお勧めします。